群馬マンドリン楽団
楽 団 紹 介
群馬マンドリン楽団(GMG)は、マンドリン両角、ギター飯塚の門下生がもとになり1969年7月13日に発足しました。
郷土の詩人 萩原朔太郎の孫弟子にあたる両角文則氏を中心に、平和と美しい音楽を愛する多くの人々と連携を図りながら、朔太郎の残したマンドリン音楽の芸術的伝統を受け継ぎ、更に発展させることを大切にしてまいりました。
発足より特別指揮者として東京マンドリン宮田楽団の宮田俊一郎先生を迎え、1976年に宮田先生が他界された後は、宮田俊一郎門下生の宮沢秀雄氏を特別指揮者として招き、2001年まで指導を受けました。
2014年、両角氏逝去ののち、音楽監督にギタリスト町田文善氏が就任。故人の遺志を継ぐ団員と、新たに加入した団員、そして数多くの支援者の力を合わせながら積極的に活動を続けております。
■メンバー
楽団員は10代~70代と幅広く、両角文則門下生をはじめ、高校・大学等での経験者も多く、演奏会は賛助出演者も加わり、40名程になります。
前橋市を中心に、高崎・伊勢崎・桐生・太田・渋川など、県内各地からも参加しています。
■活動拠点
1969年10月カワイホールの「マンドリン・ギター独奏の夕べ」を皮切りに、演奏会は前橋での年一回の定期演奏会を中心に、館林・太田・藤岡・板倉・箕郷・法師・猿ヶ京・上牧・新田・沼田・老神・伊香保・吉岡町・富士見村・草津・倉渕など、群馬県内各地で行っています。1999年には創立30周年を記念して、東京公演をカザルスホールで行うなど、積極的に演奏活動を行っています。
■演奏会の内容・特徴
演奏会のプログラムは、マンドリンオリジナルをはじめとして、ポピュラー、ラテン、映画音楽、歌謡曲に話題のヒット曲など、お客様に楽しんでいただけるようにと選曲しています。
群馬マンドリン楽団 定期演奏会のプログラムの特徴の一つとなっているのが「朗読と音楽」の企画です。
萩原朔太郎生誕100周年を記念して、朔太郎の詩にギタリストの伊東福雄氏がオリジナル曲を作曲、マンドリンオーケストラをバックに詩を朗読したのが始まりで、主に群馬県ゆかりの文化人の作品や人物を紹介する演奏を行っています。
これまでに、萩原朔太郎をはじめ、土屋文明、井上武士、山村暮鳥、中山普平、若山牧水、田山花袋、伊藤信吉、高橋元吉、与謝野晶子、芥川龍之介などを紹介しているほか、花の詩画集を数多く発表している星野富弘氏を紹介した折は、ご本人の来場もあり好評を博しました。
幕末の偉人「小栗上野介」を紹介した作品はその後、倉渕村(現 高崎市倉渕町)で毎年5月に催される「小栗まつり」などの小栗関連行事でも演奏。2008年には、東京のカザルスホールで開催された「小栗上野介企画展 記念コンサート」にて演奏しました。
■朔太郎音楽祭に参加しています
2006年、萩原朔太郎生誕120周年を記念して、前橋市主催で「第1回前橋マンドリンフェスタ2006」(第2回より「 ~マンドリンのまち前橋~ 朔太郎音楽祭2007」と改名)が催されました。
第1回より両角文則氏が副会長及び音楽監督に就任、全国初のマンドリン四重奏コンクールをはじめとし、プロの演奏家で編成された「ゴンドラ・マンドリンオーケストラ」による演奏、全国各地や県内楽団による演奏会を企画しました。
群馬マンドリン楽団は、両角氏逝去の後も「社会人・大学生の部」で県内楽団や大学生、一般参加者と共に合同演奏で積極的に参加しています。
創設者 両角文則先生について
2014年6月、惜しまれつつ旅立たれました。
先生のお言葉を掲載させて頂きます。
日本全国のプロプレーヤーのみなさま、
マンドリンギター愛好家のみなさま、
マンドリンギターファンのみなさま、
音楽に造詣の深いみなさま
私は萩原朔太郎の孫弟子として 1964年よりマンドリン音楽普及発展のために活動を始めました。
さまざまな企画でマンドリン演奏会を県都前橋を中心に県内各地で主催し、マンドリン音楽に対する私なりの原点(持論)を持って活動して参りました。
「優美で繊細で可憐で愛らしい」
この原点を日本文学で例えれば、川端康成の「伊豆の踊子」、伊藤左千夫の「野菊の墓」、この二つの作品から流れる素朴で純粋で一途な作風と精神は 、なぜかイタリア生まれの「マンドリン」と共通点を感じるのです。
この原点を基にして躍動感溢れるダイナミックな演奏を追求し磨きをかけていけば、交響楽団にはない、吹奏楽にもない、マンドリンアンサンブルやマンドリンオーケストラの良さが多くの方々に愛され慕われると確信しております。
さて日本でのマンドリンの歴史は110数年になります。
マンドリンはアマチュアの楽器、趣味の楽器、素人の楽器として普及発展して参りました。
日本全国、北は北海道から南は沖縄まで、中学、高校、大学、そして社会人を含めると、マンドリン合奏団が大小合わせて800から1000団体は存在するのではないかといわれております。
この歴史を基に今後私は、マンドリン音楽の可能性を一人でも多くの人々に広め呼びかけ、群馬マンドリン楽団、マンドリンギターサロンコンサート 、更にゴンドラ・マンドリンアンサンブル、ゴンドラ・マンドリンオーケストラを通して、マンドリンをメジャーにするために微力ながら全力で確実に一歩一歩、焦らず、慌てず、諦めず 、熱意を持って本気で活動して参ります。
日本全国のプロプレーヤーのみなさま、
マンドリンギター愛好家のみなさま、
マンドリンギターファンのみなさま、
音楽に造詣の深いみなさま、
ご支援ご協力の程、心からお願い申し上げます。
両角 文則 (もろずみ ふみのり)マンドリンとの歩み
- 昭和16(1941)年:1月22日 群馬県前橋市に生まれる
- 昭和31(1956)年: マンドリンを田中亘氏に師事
- 昭和36(1961)年: 4月 詩人 萩原朔太郎の直弟子の藤沢林太郎氏に師事
- 昭和38(1963)年: 7月 NHK東京放送管弦楽団所属の宮田俊一郎氏に師事
- 昭和39(1964)年: 1月 東京マンドリン宮田楽団に入団、 9月 群馬マンドリン研究所を創立
- 昭和40(1965)年: 6月 東京マンドリン宮田楽団第84回定期演奏会(イイノホール)宮田俊一郎氏のギター伴奏でマンドリン独奏
- 昭和44(1969)年: 7月13日 群馬マンドリン楽団を創立
- 昭和53(1978)年 55(1980)年 59(1984)年: 前橋市成人学級マンドリン講師
- 平成 4(1992)年: 1月 日本初のプロプレーヤーを中心に編成されたゴンドラ・マンドリーノを創立
- 平成10(1998)年: 1月 プレクトラム音楽鑑賞会を創立、独奏コンクール入賞者をはじめとしたプロプレーヤーを招いたサロンコンサートを2014年10月まで計84回開催
- 平成11(1999)年: カザルスホールにて「GMG第1回東京公演」を開催
- 平成18(2006)年: 10月「前橋マンドリンフェスタ」(第2回より「 ~マンドリンのまち前橋~ 朔太郎音楽祭」と改名)副会長及び音楽監督に就任、 全国初のマンドリン四重奏コンクールをはじめとし、ゴンドラ・マンドリンオーケストラによるステージや街角コンサート、全国各地から招聘した合奏団や、県内楽団(群馬マンドリン楽団も中心となり参加) による演奏会を企画
- 平成21(2009)年: 前橋女子高校より「ギターマンドリン部指導30周年」感謝状授与
- 平成22(2010)年: 映画『ヒューマニティの伝統 ~萩原朔太郎と群馬マンドリン楽団~』(櫻井眞樹監督)に出演、作品は2011年ヒューストン国際映画祭ドキュメンタリー部門で金賞を受賞
- 平成25(2013)年: 「GMG第49回定期演奏会」を開催
- 平成26(2014)年:
2月23日 トッパンホールにて「GMG第5回東京公演」を開催
5月 5日 前橋女子高校ギターマンドリン部 定期演奏会で指揮
5月11日 「朔太郎忌」前橋文学館で指揮
6月16日 前橋市にて永眠(享年73)
- 所属された団体 -
- 日本マンドリン連盟 理事
- 萩原朔太郎研究会 会員
- 萩原朔美氏を囲む会 代表
- 財団法人 三国路与謝野晶子 紀行文学館 評議員
- 群馬県立前橋女子高校ギターマンドリン部 講師
萩原朔太郎、藤澤林太郎と両角文則
萩原朔太郎直弟子 藤澤林太郎
萩原朔太郎作曲「機織る乙女」演奏
昭和37年11月11日 前橋元自治会館「詩と音楽の午後」
前列中央 藤澤林太郎
後列左4人目 両角文則
昭和5年5月25日 共愛女学校講堂
後列中央 萩原朔太郎
前列中央 藤澤林太郎
昭和5年11月9日 共愛女学校講堂
後列右から3番目 萩原朔太郎
前列左から3番目 藤澤林太郎
昭和10年4月 前橋放送局にて
上毛マンドリン倶楽部